岡山の桃
夏の岡山と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。私にとって夏の岡山は、甘く瑞々しい桃の記憶と強く結びついています。時々用事で訪れていたのですが、その最大の楽しみは帰り道にありました。
(いざ岡山へ)
岡山では、時々道路のすぐ脇で桃が売られている光景があります。農家の方が軒先で小さな台を出しているだけの素朴な場所もあって、その雰囲気がまた良いのです。そこで売られている桃は、時々びっくりするような掘り出し物に出会えることがあり、私にとってはある種の宝探しのようなものでした。
(ピーチハンター)
時々行く桃売り場がありました。ある年の夏も、私は旅の締めくくりにその場所に立ち寄り、いつものように一袋の桃を買いました。車の中に置くと、ふわりと甘い香りが漂い始めます。今年の桃はなんだか特に香りが強いような気がする、もしかしたらこれは大当たりかもしれない。そんな期待を胸に、逸る気持ちを抑えながら家路につきました。
(よだれ)
家に帰り着き、丁寧に桃を冷水で洗ってから、いよいよ食後のデザートに家族でいただくことにしました。私が代表して一つ手に取り、包丁をそっと入れてみると、驚くほどすっと刃が吸い込まれていきます。そして断面からは、キラキラとした果汁が次から次へと溢れ出してきました。その一切れを口に運んだ瞬間、私は言葉を失いました。信じられないほどの甘さと、鼻に抜ける芳醇な香りが口の中いっぱいに広がり、脳がとろけるような感覚に襲われたのです。これはただの桃ではありません、まさに桃源郷が我が家の食卓に現れたかのようでした。
(うますぎ)
あまりの美味しさに、家族全員がなぜ一袋しか買ってこなかったのか、もっと、せめて箱で買っておくべきだったと言いました。あの桃をもっと食べたい。強烈な後悔の念とともに、来年こそは絶対にたくさん買うのだと固く心に誓いました。
(決意)
そして待ちに待った一年後、私はあの感動をもう一度味わおうと、期待に胸を膨らませて桃売り場へ向かいました。しかし、いつもなら桃があった台の上が、空っぽだったのです。家の方に尋ねてみると、去年の桃が良かったのか、今年は早く売り切れてしまったとのことでした。
(クソッ)
やはり、あの感動は私だけのものではなかったのです。少しのがっかりと、でもやっぱりそうだよなという納得の気持ちが入り混じった不思議な感覚でした。あの幻のような桃にはもう出会えないかもしれませんが、夏の岡山を訪れるたびに、私はあの奇跡の味を思い出し、また新しい宝探しを始めるのです。
(終わりなき桃の旅)
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